肩書きの額面だけでは実質を測れない
VP、Senior Director、Head of——エグゼクティブ層の肩書きは年々インフレーションを起こしています。かつてVPといえば事業部門全体を統括する重職でしたが、現在では数名のチームを率いるマネージャーに同じタイトルが付与されることも珍しくありません。この現象はタイトルインフレーションと呼ばれ、特に外資系企業やスタートアップにおいて顕著です。
サーチの現場では、候補者の肩書きを額面通りに受け取ることはまずありません。同じ「Director」でも、従業員数万人の企業における事業部Directorと、従業員50名の企業におけるDirectorでは、担っている責任の範囲が根本的に異なります。肩書きだけではポジションの実質を判断できなくなっているのが現状です。
タイトルインフレーションが起きる構造的理由
この現象は単なる肩書きの乱発ではなく、いくつかの構造的な要因によって駆動されています。
第一に、採用競争の激化があります。優秀な人材を獲得するために、報酬を上げる代わりにタイトルを上げるという手法は、コストを抑えつつ候補者の承認欲求に応えるための合理的な戦略として広く用いられています。特に報酬テーブルが硬直的な組織では、タイトルの引き上げが実質的な処遇改善の代替手段となっています。
第二に、組織のフラット化があります。階層を減らした結果、中間管理職の「上への距離」が近くなり、従来であればManagerであった層にDirectorやVPのタイトルが付与されるようになりました。組織構造が変わったにもかかわらず、タイトルの序列だけが旧来のヒエラルキーを維持しようとするために起きる歪みです。
第三に、対外的な交渉力の担保があります。クライアントやパートナーとの折衝において、「Manager」より「Director」のほうが対等な関係を築きやすいという実務的理由から、タイトルが引き上げられるケースも少なくありません。特にクライアントの意思決定者がVPクラスである場合、同等のタイトルを持っていないと交渉のテーブルに着くこと自体が困難になることがあります。
肩書きの実質を見抜くための問い
タイトルインフレーションが常態化した環境でポジションの実質を見抜くには、いくつかの問いが有効です。
まず、「レポートラインの構造」を確認します。そのポジションは誰に直接報告し、その報告先は経営の意思決定にどの程度関与しているか。CEO直下のVPと、事業部長配下のVPでは、組織における実質的な影響力が大きく異なります。次に「予算とP/Lの責任範囲」を見ます。売上やコストに対する直接的な責任を持っているか、アドバイザリー的な役割にとどまるかで、その後のキャリアパスは決定的に変わります。さらに「採用・評価の権限」も重要な判断材料です。チームメンバーの採用を自らの判断で行えるか、人事評価において最終決定権を持っているかは、マネジメントの実質を最も端的に表す指標のひとつです。
キャリアの実質的な前進を測るのであれば、タイトルの変遷よりも「自分が関与した意思決定の規模と複雑性がどのように拡大してきたか」という問いのほうが、はるかに正確な物差しとなります。インフレーションが進む通貨で資産を測ることの危うさは、金融の世界もキャリアの世界も変わりません。