外資系企業で実績を積んだエグゼクティブが日系企業に移籍するケースが増えています。DX推進、グローバル展開、ガバナンス改革といった文脈で外資系出身者への需要は確実に存在します。しかし、入社後半年から1年で深刻なミスマッチが顕在化し、早期離職に至る事例も少なくありません。根底にあるのは個人の能力不足ではなく、二つの組織システム間に存在する構造的な期待値ギャップです。
意思決定プロセスの速度差が生む摩擦
外資系と日系の間で最も顕著な差異は、意思決定のプロセスとスピードにあります。多くの外資系では権限が明確に定義され、その範囲内で迅速に意思決定が行われます。週次レビューで方針が決まり、翌週から実行に移るサイクルが標準的です。
日系企業の多くでは、稟議制度に代表される合意形成プロセスが意思決定の基盤となっています。関連部署への根回し、経営会議での承認、取締役会への報告といった複数のステップを経て初めて施策が動き出します。このプロセスには組織内の利害調整やリスク分散といった合理的機能がありますが、外資系のスピード感に慣れた人材にとっては大きなストレス要因となる傾向があります。
サーチの現場で繰り返し観察されるのは、外資系出身の幹部が着任直後に複数の施策を同時起案し、承認スピードの遅さに苛立つパターンです。本人にとっては「当たり前のことが進まない」感覚ですが、受け入れ側からは「組織の文脈を無視して性急に動いている」と映ります。この認知のズレが信頼構築の最初のつまずきとなりやすいといえます。
「What」と「How」——評価ウェイトの差異
もう一つの構造的ギャップは業績評価の軸にあります。外資系ではKPIやOKRに基づく成果主義が色濃く、数値目標の達成度が報酬や昇進に直結します。プロセスよりもアウトプットが重視され、結果を出していれば働き方の自由度は高いのが特徴です。
日系企業でも成果主義の導入は進んでいますが、実態としては「成果を出すまでのプロセス」や「周囲との協調」が評価に大きな影響を与えるケースが依然として多い傾向にあります。営業成績がトップであっても、チーム内での情報共有を怠ったり他部署との連携に非協力的であったりすれば、高い評価を受けにくくなります。逆に、数値が若干未達でも、困難な案件への取り組み姿勢や後輩の育成が加点されることがあります。この「What(何を達成したか)」と「How(どう達成したか)」のウェイト差を理解せずに入社すると、成果を出しているのに評価が伴わないという不満が蓄積していく傾向があります。
ポジションの「権限範囲」に関する誤認
外資系の「Vice President」や「Director」が意味する権限範囲と、日系の「執行役員」や「部長」が実際に行使できる権限には、しばしば大きな乖離があります。外資系ではポジションに紐づく予算権限、人事権限、意思決定権限が比較的明確に規定されています。しかし日系では、公式な権限と実質的な影響力が一致しないことが珍しくありません。前任者や上位役員の意向が暗黙的に優先されたり、歴史的な経緯から特定の部門に手を入れにくい「聖域」が存在したりします。
この暗黙の権限構造を読み誤ると、「この権限は自分にあるはずだ」という前提で動き始め、組織内の反発を招くことになりかねません。入社前の段階でポジションの公式な権限だけでなく、実質的な意思決定のダイナミクスを確認しておくことが、ギャップの軽減につながります。
ギャップは「構造」であり「善悪」ではない
外資系と日系の差異は、どちらが優れているかという問題ではなく、異なる市場環境と歴史的文脈の中で合理的に形成されてきた組織設計の違いです。移籍を考える際に重要なのは、どちらのシステムが「正しい」かではなく、異なるシステムの中で自分の強みをどう翻訳できるかを冷静に見極めることではないでしょうか。外資系で培ったスピード感やデータドリブンな意思決定を、日系の文脈に適合させる「変換能力」を持つ人材は希少であり、市場からの評価も高いといえます。ただし、その変換には相応の時間と忍耐が求められるという現実を、入社前にどこまでリアルに想像できるかが、移籍の成否を静かに分けています。