似て非なる2つのプロファイル
「技術がわかる経営者」と「経営がわかる技術者」は、表面的には極めて近い存在です。いずれもテクノロジーとビジネスの双方を理解する人材であり、DX時代の理想的な経営人材像と重なります。しかしエグゼクティブサーチの市場において両者の評価は明確に異なります。その差異はスキルセットではなく、キャリアで蓄積してきた意思決定の文脈の違いから生じています。
評価の分岐は「何に責任を負ってきたか」
技術がわかる経営者とは、キャリアの軸足を経営側に置きながらテクノロジーへの理解を深めてきた人物です。事業部門の責任者としてP/L管理の文脈でIT投資やプロダクト戦略を判断してきたタイプといえます。一方、経営がわかる技術者はエンジニアとしてキャリアを積んだ後、MBA取得や経営企画への異動を経てビジネスの知見を獲得した人物を指します。
両者が同じポジションの候補として並んだとき、決定的な差となるのは「事業のP/Lに対する直接的な責任を負い、億単位の判断を自ら下してきたか」という点です。技術知識は学習で補えますが、事業責任を負った経験は学習では代替できません。この非対称性が市場評価の差を生んでいます。
経営がわかる技術者は「翻訳者」として組織に貢献することが多くあります。技術の複雑性を経営層に伝え、経営の意図を技術チームに還す。重要な機能ですが、ポジションとしてはスタッフ寄りに位置づけられやすい傾向があります。技術がわかる経営者は翻訳に加え、どの技術に投資しどのプロダクトを終了するかを事業責任者として決断してきています。この履歴が次のポジションでも同等の権限を任せられる根拠となります。
軸足の移行と「移行コスト」
では経営がわかる技術者が常に不利かといえば、そうでもありません。ソフトウェアプロダクトが事業の中核を占める企業のCTOや、研究開発型組織のVP of Engineeringでは、技術的深さと組織マネジメントの双方を備えた人材への需要は高くなっています。
ただしキャリアの途中で軸足を移す「移行コスト」は年齢とともに大きくなります。40代後半で初めて事業責任を持つ場合、同年代で事業経験を十数年積んだ人物との履歴書上の差は無視できません。
コンサルティングファームのSMクラスがこの移行コストを段階的に下げる方法はあります。いきなりP/L全体を負う事業責任者に就くのではなく、事業会社の新規事業開発や、子会社・JVの事業責任ポジションから入る道です。管掌範囲は限定的でも、自ら予算を握り、採用と撤退の判断を行い、四半期ごとに数字で評価される——この経験は、コンサルティングのプロジェクトデリバリーとは質的に異なる意思決定の履歴を蓄積します。
ファーム内にいながらであれば、実行支援フェーズにおいてクライアント企業の事業KPIに直接コミットする形のエンゲージメントを意図的に選ぶことも一つの手段です。こうした「踏み石」の設計を30代後半から意識的に行っているかどうかが、40代以降のポジションの選択肢の幅を左右していきます。
自分のプロファイルが「技術がわかる経営者」と「経営がわかる技術者」のどちらとして市場に読まれているか。その認識の有無が、次の選択の精度を左右します。