パートナー昇進は「実力の証明」ではなく「事業計画の承認」である
コンサルティングファームのシニアマネージャー(SM)が、ある時期から否応なく直面する問いがあります。パートナーを目指すか、外に出るか。この分岐の構造は、多くの場合、正確に理解されていません。
パートナー昇進は個人の能力やデリバリーの質だけで決まるものではありません。昇進審査で問われるのは「この人物をパートナーにすることで、ファームの売上がいくら増えるか」というビジネスケースです。Book of business——自ら案件を獲得し、チームを稼働させ、収益を立てる能力——がなければ、どれほど優秀なプロジェクトリーダーであっても構造的にパートナーには到達しません。
SM全体のうちパートナーに昇進する割合は、ファームの成長率やパートナーの退任ペースによって変動しますが、一般には1〜2割程度とされています。過半数のSMがパートナーにならずにファームを去るという構造的事実は変わりません。にもかかわらず、「自分はパートナートラックにいる」という自己認識が、多くのSMに現状維持の心理的根拠を提供し続けます。5年、7年とファームに在籍することで積み上がるサンクコストが、この認知をさらに強化します。投下した時間が長くなるほど、「ここで外に出たら、これまでの年月が無駄になる」という感覚が判断を支配し始める傾向があります。
市場がコンサルティング経験を読む時間軸
サーチの現場で繰り返し観察されるのは、市場がSMの在籍年数を明確に「読む」という現象です。SM就任後2〜4年程度であれば、「パートナーになる前により大きな舞台を外部に求めた」と好意的に解釈されます。しかし7年、8年と経過すると、「パートナーになれなかった人材」という読みが急速に強まります。本人の意図や能力とは無関係に、市場側の解釈がシフトします。
ここに構造的な皮肉があります。市場価値が最も高い時期——SM就任後の2〜4年——は、ファーム内で最も充実感を持ちやすい時期と重なります。プロジェクトの手触り感があり、パートナーとの距離も近く、「もう少し続ければ昇進が見えるかもしれない」という実感が最も強い時期です。最も外に出る気が起きにくい瞬間が、最も市場から高く評価されるタイミングと一致するという構造になっています。
さらに、市場が評価するスキルセットにも変化があります。戦略策定やフレームワーク設計の経験だけではコモディティ化が進んでいます。事業側でP&L責任を持ち、戦略を実行に落とした経験——ファーム内では得にくいこれらの実績が、SM以上の外部キャリアにおいて決定的な差別化要因となりつつあります。ファーム内にいながらこの資本を蓄積する道がないわけではありません。インダストリーの切り替えやファンクションの異動を意図的に設計し、実行フェーズに深く関与できるエンゲージメントを選び取ることです。しかし、これを戦略的に行っているSMは多くないのが実情です。
家計の時間軸という不可逆変数
パートナートラックの継続は、さらに3〜5年の高負荷稼働を意味します。この選択は個人のキャリア判断であると同時に、家計に対する10年単位のコミットメントでもあります。
子どもの教育フェーズ、住宅ローンの返済構造、配偶者のキャリア——これらは待ってくれない変数です。事業会社への移動は短期的に報酬面の調整を伴うことがありますが、稼働負荷の持続可能性という観点では構造的に優位な場合が少なくありません。高年収帯を維持しながら労働時間を再設計したいという要望はこの層に普遍的ですが、それを実現するにはタイミングの設計が不可欠であり、タイミングの設計には市場側の情報が必要になります。
パートナーに昇進した場合の報酬は確かに大きく跳ねます。しかし「昇進しなかった場合の5年間」を織り込んだ期待値計算をしている候補者は、サーチの現場で見る限り驚くほど少ないのが実情です。昇進した場合の上振れだけを見て判断するのは、当選確率を無視して宝くじの賞金額だけで購入を判断するのに似た構造を持っています。
「決めない」こともひとつの意思決定です。パートナートラックに「なんとなく」留まることと、外部市場の情報を集め、選択肢を比較した上で「それでも留まる」と決めることは、外形上は同じ行動でも本質がまったく異なります。前者はデフォルト値の無自覚な受容であり、後者は意思決定です。実際、外部の選択肢を把握した上で改めて「パートナーを目指す」と再確認したSMも少なくありません。重要なのは結論の方向ではなく、その結論に至るプロセスに必要な情報が揃っていたかどうかにあります。
キャリアの構造的分岐は、多くの場合、「今がその時だ」という自覚なしに通り過ぎていくものです。