「DX経験」が事業会社で通用しない構造的理由
DXコンサルタントから事業会社への転職は、キャリアの自然な発展経路として広く認識されています。戦略策定からハンズオンの実行支援まで手掛けた経験を、事業会社側で「自分ごと」として実践したい——こうした動機は健全であり、採用側の期待とも合致するように見えます。しかし、サーチの現場で実際に観察されるのは、この転職パターンにおける失敗率の高さです。しかも、失敗するケースには驚くほど共通した構造があります。
最も頻度が高い失敗パターンは、「変革の推進者」として採用されたにもかかわらず、入社後に既存組織との摩擦で機能不全に陥るケースです。これは個人の能力不足ではなく、コンサルティングと事業運営における「権限の構造」の根本的な違いに起因しています。
コンサルティングにおける「権限の錯覚」
DXコンサルタントがクライアント企業でプロジェクトを推進する際、表面上は大きな影響力を持っているように見えます。経営層に直接提言し、全社的な変革のロードマップを描き、各部門のリーダーとワークショップを開催します。しかし、この影響力はクライアントとの契約関係と、外部専門家としての「借りた権威」に支えられています。
事業会社に転職すると、この権威の構造が根本から変わります。社内の一メンバーとして発言するとき、「外部のプロフェッショナルが言っている」という後ろ盾はなくなります。代わりに必要なのは、社内の政治力学を理解し、既存のステークホルダーとの信頼関係を一から構築する忍耐力です。多くのDXコンサル出身者が、この移行期間の長さを過小評価する傾向があります。
さらに深刻なのは、コンサルティング時代に培った「構造化して提案する」スキルが、事業会社では逆効果になり得ることです。美しいフレームワークで現状の課題を整理し、あるべき姿を提示する。コンサルタントとしては優れた仕事ですが、既存組織のメンバーからすれば「外から来た人間に現場を知らないまま否定された」という反応を引き起こしやすくなります。
失敗を加速させる採用プロセスの問題
この失敗パターンは、採用プロセス自体にも原因があります。事業会社側がDXコンサル出身者を採用する際、面接で評価されるのは「過去のプロジェクト実績」と「変革のビジョン」であることが多くなっています。候補者はコンサルティングファームで鍛えられたプレゼンテーション能力で、説得力のあるストーリーを語ります。採用側はそのストーリーに惹かれ、「この人なら自社のDXを推進してくれる」と期待します。
しかし、面接で問われるべき本質的な質問——「社内に味方がいない状態で、どのように最初の小さな成果を作るか」「既存の情報システム部門との役割分担をどう設計するか」「変革の抵抗勢力に対して、排除ではなく巻き込みをどう行うか」——こうした泥臭い問いが十分に掘り下げられないまま採用が決定されるケースが少なくありません。
結果として、入社後3〜6か月で「思っていたのと違う」という相互の認識齟齬が表面化します。候補者側は「経営の本気度が足りない」と感じ、企業側は「提言ばかりで実行が伴わない」と感じます。この認識齟齬は、どちらか一方の問題ではなく、転職プロセス全体の設計不備から生じています。
成功するケースに見られる共通項
では、DXコンサルから事業会社への転職で成功するケースには何が共通しているのでしょうか。サーチの現場で観察される限り、成功者に共通するのは「最初の半年間の期待値コントロール」を自ら設計している点です。
具体的には、入社直後に大きな変革プランを提示するのではなく、まず既存業務の現場に入り込んで実務を理解する期間を自ら確保しています。ある製造業のDX推進ポジションに就いた候補者は、入社後最初の2か月間を工場の現場で過ごし、既存の業務フローを身体で理解することに充てました。この候補者が後にデジタル化の提案を行った際、現場からの反発は最小限でした。「現場を知っている人が言うなら」という信頼の基盤が、すでに構築されていたからです。
コンサルティングの世界では、短期間で成果を出すことが求められます。しかし、事業会社でDXを推進するという仕事の本質は、組織の内側から持続的な変化を生み出すことにあります。この時間軸の違いを体感レベルで理解できるかどうかが、転職の成否を分けるといえます。
自分がこの移行に適応できるかを事前に見極めることは容易ではありませんが、いくつかの問いが手がかりになります。過去のプロジェクトで、ファームの看板なしに——純粋に自分の信頼と説得力だけで——クライアント組織の人間を動かした経験があるか。自分が最も力を発揮するのは、課題を構造化して提案する場面か、曖昧さの中で手を動かしながら方向を見出す場面か。自分の提言がクライアント組織に「定着」した事例を、具体的に三つ挙げられるか。これらの問いに対する答えの手触りが、華やかなDX戦略と日々のオペレーションの間にある溝の深さを、事前に教えてくれます。