「守り」と「攻め」の対立は組織構造に埋め込まれている
多くの企業で、ITガバナンス(セキュリティ、コンプライアンス、システム安定運用)とDX推進(新規デジタル事業、業務変革、データ活用)は、異なる部門、異なるリーダーの管轄に分かれています。情報システム部門が守りを担い、新設されたDX推進室や事業部門が攻めを担います。この構造は合理的に見えますが、実際には両者の間に深い摩擦を生み出します。そして、この摩擦のなかでキャリアのポジションをどう取るかは、DX/IT領域で経営に近づこうとする人材にとって避けて通れない問いといえます。
サーチの現場で頻繁に目にするのは、「攻め側」のポジションに就いた人材がガバナンスの壁にぶつかって成果を出せず、短期で離職するケースと、「守り側」に留まり続けた人材がDXの波に乗り遅れて市場価値を失うケースの双方です。どちらか一方に振り切ることのリスクが、年を追うごとに明確になっています。
DX推進ポジションが抱える構造的な脆弱性
DX推進のポジションは、外からは華やかに見えます。CDO(Chief Digital Officer)やDX推進室長といった肩書きは新設されることが多く、経営直下に置かれるケースもあります。しかし、このポジションには構造的な脆弱性があります。
第一に、権限と責任の非対称性です。DX推進の責任者は、全社的なデジタル変革の成果を求められます。しかし、既存の情報システム基盤への変更はIT部門の管轄であり、事業部門のオペレーション変更は各事業部長の権限です。結果として、DX推進リーダーは「責任はあるが、権限が分散している」という困難な立場に置かれます。
第二に、成果の定義が曖昧であることが少なくありません。「DX推進」の成果指標が明確に定義されていない企業は多い傾向があります。売上への直接的な貢献なのか、業務効率化による間接的なコスト削減なのか、あるいは組織のデジタルリテラシー向上なのか。評価基準が定まらないまま走り始めたDX推進室が、2〜3年後に静かに縮小されるケースも珍しくありません。
第三に、ガバナンス部門との衝突です。新しいクラウドサービスの導入、外部APIとの連携、アジャイル開発プロセスの採用——DX推進に不可欠なこれらの施策は、情報セキュリティポリシーや既存のシステム運用基準と衝突しやすいものです。この衝突をマネジメントできるかどうかが、DX推進リーダーの成否を分けるといえます。
ガバナンス側にキャリアの蓄積がある人材の優位性
意外に思われるかもしれませんが、サーチの現場で最も高い評価を受けるDX推進リーダーの候補者は、「ガバナンス側の経験を持ったうえで攻めの領域に移った人材」です。この経験の組み合わせが評価される理由は明確で、DX推進のボトルネックの多くがガバナンスの課題であるためです。
情報セキュリティの基準を理解した上でクラウド移行の戦略を描ける人材。既存システムのアーキテクチャを把握したうえで、新旧システムの共存期間を設計できる人材。内部統制の要件を満たしつつ、アジャイルな開発プロセスを導入できる人材。こうした「守りの論理を理解した攻め手」は、組織内での信頼獲得が圧倒的に速い傾向があります。
逆に、ガバナンスの経験なしにDX推進だけを重ねてきた人材は、一定のキャリアステージで天井にぶつかることが少なくありません。CIO/CDOクラスのポジションでは、攻めと守りの両方を統括する能力が求められるためです。
二律背反のなかでポジションを取るということ
このテーマにおける最も重要なキャリア上の示唆は、「攻めか守りかの二択ではなく、両方の文脈を理解した人材が最も高い市場価値を持つ」という点です。しかし、「両方やる」というのは言うほど単純ではありません。多くの企業では、ガバナンスとDX推進は組織図上も評価体系上も明確に分離されており、一人のキャリアの中で両方の経験を積む機会は自然には発生しにくいものです。
意図的にキャリアを設計するとすれば、たとえば情報システム部門でのセキュリティやインフラ運用の経験を数年積んだ後、DX推進プロジェクトへの社内異動や、デジタル変革を推進するポジションへの転職を通じて、攻め側の経験を加える——こうした段階的なアプローチが考えられます。あるいは、DX推進側で成果を出した後に、あえてCISOやIT統括部門のポジションに移ることで、ガバナンスの文脈を後から補完する選択もあります。
いずれにしても、攻めか守りかの一方に自らを定義してしまうことは、DX/IT領域のエグゼクティブキャリアにおいて、長期的な選択肢を狭める要因となり得ます。組織の中に存在する対立構造を、キャリアの障害ではなく経験の幅を広げる契機として捉えられるかどうか。この視座の転換が、高年収帯のポジションへ到達するための分岐点となっています。