ストックオプション(SO)やRSUといったエクイティ報酬は、エグゼクティブの報酬交渉において「将来の大きなリターン」として提示されます。しかし、その構造を精査せずにオファーを受諾し、数年後に期待と現実の乖離に直面するケースは後を絶ちません。報酬パッケージの評価においては、キャッシュ部分だけでなく、エクイティ部分の構造的リスクを冷静に分析する視点が不可欠です。

行使条件に潜む「見えにくい壁」

SOの価値は付与された株数と行使価格だけでは判断できません。最も重要なのはベスティングスケジュール——オプションが実際に行使可能になるまでの条件とタイムラインです。一般的な4年ベスティング(1年クリフ付き)の場合、入社後1年以内に退職すればエクイティは一切手元に残りません。さらに業績条件付きベスティングが設定されていれば、会社全体や事業部の業績目標が未達の場合、在籍年数に関係なくベスティングが進まないこともあります。

サーチの現場でよく見かける落とし穴は、「付与総額」だけを見てオファーの優劣を判断するケースです。時価換算で数千万円相当のSOが提示されたとしても、ベスティング期間が長く業績条件が厳格であれば、実質的な期待値は額面から大幅に割り引かれます。ベスティングの詳細条件はオファーレターに小さく記載されていることが多く、交渉の段階で見落とされやすい傾向があります。また、退職時にベスティング済みのオプションを行使できる期間(通常90日程度)が短く設定されている場合、実質的にオプションが「手錠」として機能し、転職の自由度を制約する側面もあります。

希薄化リスクと税務の非対称性

未上場企業のSOにおいて特に注意が必要なのが、株式の希薄化(ダイリューション)リスクです。スタートアップが成長過程で追加の資金調達を行うたびに新株が発行され、既存オプション保有者の持分比率は低下していきます。シリーズAの段階で付与されたSOが、その後複数ラウンドを経て持分比率が半分以下になることも珍しくありません。さらに、優先株に付帯するリクイデーション・プリファレンスが存在する場合、M&AやIPO時に普通株保有者への実際の配分は、単純な時価総額の按分計算とは大きく異なってきます。

税務面も見落とされがちなリスクです。税制適格SOの要件を満たさない場合、日本ではオプション行使時に「給与所得」として課税されます。つまり、株式を売却してキャッシュを得る前に、含み益に対して高い税率が適用される可能性があります。IPO後のロックアップ期間中に株価が下落すれば、行使時に課税された金額を下回る価格でしか売却できないという逆転現象すら起こりえます。

シナリオ分析で冷静に評価する

エクイティ報酬の評価に有効なのは、「期待値」ではなく「シナリオ分析」のアプローチです。楽観シナリオ(IPO成功、株価上昇)だけでなく、中立シナリオ(横ばい)、悲観シナリオ(ダウンラウンド、低評価でのM&A)のそれぞれにおいて、手元に残る金額を概算してみることが有効です。その際の確認ポイントは以下に集約されます。

  • ベスティング完了までの在籍可能性はどの程度か
  • 追加ラウンドによる希薄化はどの程度見込まれるか
  • 税制適格か非適格か、課税タイミングはいつか
  • 流動化の手段と時期(上場見込み、セカンダリー市場の有無)

報酬パッケージの総額が魅力的に見えるほど、その内訳の精査が重要になります。エクイティ報酬は「もらえるかもしれない報酬」であり、「確定した報酬」ではありません。この区別を見失ったとき、キャリア上の意思決定に歪みが生じます。高年収帯の人材ほど、エクイティの構造的リスクに対するリテラシーが交渉力そのものを左右することになります。