コンサルティングファームのシニアマネージャーという肩書は、外から見れば一つの階層に見えます。ただ転職市場では、同じ肩書が二つに分かれて読まれることがあります。

分かれ目を作っているのは、本人の能力ではありません。その人がいた組織の設計です。そして厄介なのは、組織として正しい設計ほど、その分かれ目を深くするという点です。

同じ肩書が、二つに分かれる

シニアマネージャーのオファーで問われるのは、多くの場合、案件を獲得する力の再現性です。大きな案件を一度取ったことがあるか、ではなく、繰り返せるかどうか。

ただし例外があります。組織が案件獲得の機能を別に持っている場合、デリバリーに専念するシニアマネージャーという形が成立します。営業とデリバリーを分ける設計は、組織としてはむしろ合理的です。それぞれが得意な領域に集中でき、案件獲得の属人性も下がる。分業がうまく機能している会社では、デリバリー専任のシニアマネージャーに高い報酬が支払われていることもあります。

ずれが表面化するのは、その人が外を見たときです。

営業とデリバリーを一人が担うことを前提とするファームでは、同じ肩書でも読まれ方が変わります。見られているのは肩書ではなく、実際に何を担ってきたかだからです。 社内で正当に評価されてきた実績が、外の基準に置き直したときには薄く見える、ということが起こりえます。

この軸は、昇格を待たずに効いています。マネージャーのオファーでも、提示される報酬の幅や、オファーレターには書かれない中期的な期待は、提案活動の経験があるかどうかで変わります。市場は、肩書が変わるより前から同じところを見ています。

そしてもう一段先も見られています。シニアマネージャーの次は、呼称は会社によって違いますが、ディレクターにあたる役割です。候補者が相対的に評価されるとき、見られているのはこの連続性のほうで、いまの肩書は現在地の表示にすぎません。

気づけないのは、順調だから

ここには、ひとつのジレンマがあるように思います。組織として優れた設計が、そこで働く個人の市場での読まれ方を薄くすることがある。 これは誰かの失敗ではありません。組織の最適と、個人の最適がずれる場所です。

やっかいなのは、ずれていることが内側からは見えにくい構造になっている点です。理由が三つあります。

第一に、時間差があります。分業の利益は組織が「いま」受け取り、その費用は個人が「外を見るとき」に払います。 あいだが数年空くので、どちらの側も原因と結果を結びつけにくい。

第二に、確かめる機会が減っていきます。社内での評価が高いほど、外の基準と照らし合わせる動機は小さくなります。順調であること自体が、検算を遠ざけます。

第三に、これが一番効いているのですが、報酬がその状態を固定します。 分業がうまく回っている会社ほど、専任者に高く払えます。高く払われているほど動く理由は減り、動かないほど市場の基準を確かめる機会も来ません。

いずれも、誰かが仕組んだことではありません。それぞれが合理的に振る舞った結果として、こういう形が出てきます。

これはコンサルティングに限らない

同じ形は、専門分化が進んだ組織であればどこでも起こりえます。ベンダーの管理に特化したIT部門、上流の工程だけを担う立場、PMOの専任、工程ごとに分割された営業。いずれも組織としては合理的な設計で、しかも多くの場合、そのほうが成果は出ます。

裏返すと、少し落ち着かない命題が出てきます。分業が未整備な組織にいた人のほうが、市場では厚く読まれることがある。 必要に迫られて、全部やるからです。

つまり、働きやすさと、市場での可搬性が、逆を向く場面があるということです。もちろん常にそうなるわけではありません。混乱した組織にいれば経験が積める、というほど単純な話でもない。ただ、この二つが自動的に一致するわけではない、という点は押さえておいてよいと思います。

一度ブランドを降りて、高く戻る人がいる

サーチの現場で、この構造を意識して逆を選んでいる方に会うことがあります。

裁量の広がる場所へ、意図して移る。ベンチャーや成長企業を選び、案件を獲得する仕事や、人を採り育てる仕事——AIによる代替の議論のなかで、最後まで人に残るとされている領域の経験を、幅を持って積みにいく。この論点は「AIは人材紹介を代替するか」でも別の角度から扱っていますが、要するに、機械に渡しにくい仕事に自分を置き直そうとする動きです。

社格や肩書の面では、一度下がったように見える選択です。

ただ、そこでしか積めないものがあります。ブランドの後ろ盾がない状態でビジネスを成立させるための、創意工夫の経験です。整った仕組みが無い場所で数字を作った経験は、整った場所での実績とは別の種類の情報を持っています。

そして、そうした経験が評価されて、大手企業へ好条件で移る例も見かけるようになりました。社格や肩書ではなく、中身を見て採用するという動きです。

もっとも、これを「市場が成熟した」と読むのは、少し楽観的かもしれません。中身を見なければならない、という危機感のほうが先にあるようにも見えます。名前や肩書で採って合わなかった、という経験を重ねた組織ほど、確かめる項目が細かくなっていきます。

肩書は、その人が組織のどこにいたかを示すものです。市場が読もうとしているのは、そこで何を担ったかのほうです。この二つが一致している場所もあれば、組織の設計によって静かに離れていく場所もあります。

離れているかどうかは、外を見るまで測れません。そして測る機会は、たいてい一番動きにくい時期にやってきます。